探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家の地震予知・地震予測関連ブログ

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浦安聖地巡礼(液状化の被害)

今日は、千葉県浦安市の2つの神社を聖地巡礼してきた。
昨夜、聖地巡礼先をいつもの方法で伺ったところ、下記の2社へ行くようにとの指示が出た。

  • 豊受神社(千葉県浦安市猫実3-13-1)
  • 清瀧弁財天(千葉県浦安市堀江5-6-17)

祈りの目的は、伺うまでもなく、東日本大震災東北地方太平洋沖地震)の地震津波原発事故。
そして、今後起こり得る地震津波・火山噴火などの自然災害の鎮静だ。


東京湾は、地形的な要因から、大津波が発生しても甚大な被害は出ないと考えられている。
あくまでも「考えられている」であって、本当のところはどうかわからない。
われわれはもう「想定外」という言葉を聞きたくはないし、災害の被害想定に関しては、政府や学者たちの言葉に対して疑心暗鬼を抱くようになってきている。
だが、浦安周辺では津波に加えて、怖いのは液状化現象だ。
今日は良い機会なので、聖地巡礼の後に浦安を歩いて、多大な被害が出た液状化現象の痕跡を取材してくることにした。

浦安の被害状況

浦安市埋立地は、神社の不毛地帯だ。
地図帳の上で振れるペンデュラムを見ていて、そう思った。
浦安市はその4分の3が埋立地だから、埋立地には古くからの神社仏閣がないのは当然だ。
本当はいちばん祈らなければならない比較的新しい埋立地で、祈る場所がないということになる。
日本ではどこでも、その土地を守ってくださる神さまがいる。
だが、埋立地はどうなろうのだろうかという疑問が生じる。


上でも書いたが、浦安市では、過去の地震や国の機関などによる津波シミュレーションの結果によると、 太平洋岸に大津波が押し寄せてきても、房総半島の富津岬三浦半島によって大きく減衰されて、津波による浸水の危険性は極めて低いと言われている。
だが東日本大震災の経験から、津波の被害はやはり想定しなければならないという意見が出てきた。
上記の地形的理由があっても、大津波が発生したときには、3m程度の津波は想定内とされている。
たとえ3mでも、油断はならない。
津波というのは、ほんの30cmの高さでも、人間の足をすくって転倒させる力をもっている。
地図上で東京湾を見ると、ひときわ目立って出っ張っている浦安の埋立地は、やはり要注意だろう。


液状化現象については、もうニュースなどでご承知のことだろう。
浦安市の面積約17平方キロの約4分の3の埋め立て地の大部分で液状化現象が発生した。
約8千8百戸が応急危険度判定を受け、少なくとも約480戸が全半壊した。

浦安へ

花小金井から西武新宿線高田馬場まで行き、東西線に乗り換える。
そのままずっと東西線に乗り続け、浦安駅で下車。
1時間ほどで着いた。
京葉線新浦安駅がある南東方向(海側)へ向かい、やなぎ通りを歩く。
このあたりは、液状化現象の被害の痕跡はまったく見られない。
埋立地ではないからだろう。
歩き始めて早々に、水平方向に長く延びる地震雲らしき雲を見た。
正確な方角は未検証だが、南西の空にあって、西北西−南南東方向に延びていたかもしれない。
これが地震雲だとすると、震源は東北地方ではないと思われる。
時間は10:40前後だった。

豊受神社(浦安市猫実)

浦安駅から1Kmほど歩いて、豊受神社に着く。
思っていたよりも大きな神社だ。
初宮参りに着ている何組かの家族がいる。
ここの御祭神は、豊受姫大神トヨウケヒメノオオカミ)。
伊勢神宮外宮の御祭神でもあり、伊勢神道吉田神道などでは、宇宙の根源神の一柱とされている。


豊受神社は浦安市最古の神社で、保元二年(1157年)の創建といわれる。
浦安市はほとんどが埋立地だという程度の認識しかなかったが、このような古社もあったのだ。
市の明海・入船・海楽・北栄・猫実・日の出美浜地域の氏神とされている。
浦安で地震の祈りをするにはふさわしい神社だろう。

拝殿の前に立つと、ちょうど太鼓がドンドンと響き渡った。
初宮参りの祈祷をやっている。
まず、東日本大震災のための祈りをする。
魂が霊界で救われ、避難されている方々が十分な物資と食料を得られ、福島第一原発の事故が収まり、被災地が1日も早く復興しますようにと。
続いて、これから起きる地震津波・火山噴火などの自然災害を、大難を小難に替えていただくための祈りを。


東日本大震災の発生から1ヶ月ちょっとたった今、浦安へ行かされるというのは、どういう意味があるのだろうか。
大震災の慰霊などの祈りもあるだろうが、将来を見据えた上での災害鎮静の祈りのためではないかと思う。
私は6年前から、千葉県から福島県までの太平洋岸の聖地を集中的に巡礼させられた。
その一連の巡礼が終わった直後に、津波の「ビジョン」を見させられた。
今度はまた、ずっと先の地震津波のための祈りをさせられているのだろうか。
だが、東日本のような大惨事をまた起こさせてはならない。


境内の左隅には、大きな富士塚が立っている。
そこでも祈ったところ、強い力を感じた。
富士塚ではよくあることだが。

清瀧弁財天(浦安市堀江)

豊受神社の前の通りを南へ1Kmほど歩き、清瀧弁財天に着く。
通りからちょっと右へ入った公園の隣にあり、地図がなければ通り過してしまったかもしれない。
祠だけの小さな神社を想像していたが、思いの外に立派な社殿が立っている。
敷地もけっこう広い。
本殿があるだけで、社務所などはない。


鳥居をくぐったところの境内には、由緒書きがある。
当社は、古くは「生身蛇形弁財天」といった。
明治44年(1911)6月14日、二人の男性が、一匹の白蛇が松の根元にある穴の中に消えていくのを見かけた。
二人が行者に伺いをたてたところ、白蛇は弁財天の使いだと告げられた。
そこで大工に依頼し、祠堂を作り、弁財天を祀った。
その後、全国各地に弁天さまの講が組織されるほど有名になった。
大正6年の台風による大津波(高潮)により、拝殿・社務所・茶屋・土産物屋などが倒壊し、祠堂は南行徳村の大六天様に漂着した。
流れ着いた時に、祠堂の上には白蛇がとぐろを巻いていたという。


これが本当だったら不思議な話だ。
だが、こういう話は得てして尾ひれがついて伝わるもの。
本当のところはどうかわからない。

社殿の前には、池がある。
亀がたくさんいる。
豊受神社と同様の祈りをする。
うちでは、弁才天さまを三重にお祀りしている。
三社神棚に、伊勢神宮諏訪大社の神札とともに、江島神社の神札を、
七福神として、
そして、インドの本家サラスワティとしても。
川とか水を司る女神さまだから、津波の祈りのためにはふさわしいということか。


境内を出て、新浦安駅の方へと歩き出す。
今日の聖地巡礼はこれで終わったが、37日前の東日本大震災の被害状況を見ておきたかったのだ。
液状化現象の被害状況をこの目で見て、写真と動画に記録を残したかったからだ。
その報告は、後日別の記事とYouTube動画として紹介することにしたい。
(下記の記事で公開済み)





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