探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家の地震予知・地震予測関連ブログ

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川島なお美さんの「できれば再婚しないで」の遺言をスピリチュアル的観点から考える

9月24日に胆管がんのため他界された川島なお美さん(享年54歳)の話題を。
夫でパティシエの鎧塚俊彦氏(49才)に遺した言葉が話題となり、ネット上で賛否両論が沸き上がっている。
川島さんは昨年1月の手術前夜、夫への遺言を残したことを、テレビ朝日系「徹子の部屋」に出演した際に語った。


病室で手術の説明を受け、承諾のサインをした後、「万が一、目覚めないこともあるんだ…」と思い遺書を書く決意をした。鎧塚さんに宛てて「一緒のお墓に入りたいから、できれば再婚しないでね」と遺言を書いた。もっとも、手術が無事に成功したために、この時の遺書は破棄した。
www.zakzak.co.jp


川島さんは、特に信仰などは持っていなかったのかもしれないが、この言葉でわかるのは、少なくとも「死後の世界」を信じていたのかもしれない。
死後の生存を信じている人の中には、お墓にこだわる人がいる。
お墓の「住み心地」を問題にする霊能者もいる。


たとえば、宜保愛子さんも本で詳細に書いている。
たとえば「宜保愛子の 幸せを招く お墓と仏壇の祀り方」(日東書院)といった「実用書」を。
この本によると、仏さまは根拠地として一応は自分の墓にいるが、生きている人間が仏壇のお鈴をチーンとすると、光のスピードで訪れて、供養をいただくという。
このような記述は、ある一面では「真理」に近いのかもしれない。


人間が死後に還っていく世界、いわゆる霊界でも、その人の霊的成長の度合いによって、行く次元が異なる。
お墓にこだわる霊というのは、言ってみれば、物質的世界への執着が強いのかもしれない。
人類全体の慣習からすると、お墓というのは必ずしも「必須」なものではない。
…と言ったら、驚くか信じないか、いずれかのリアクションを取る人が多いだろう。


お墓の良し悪しなどについて、上記の本などで詳細に書いている儀保さんにしても、「成仏するためには、どうしてもお墓はなくてはならないものですか」の問いに対して、経済的に困っているのに、無理してお墓を建てなくても良いと書いている。
お墓や仏壇のようなものは、その人が生前に属していた国や民族の風習や宗教の教義によって左右されるものだ。
どれが真理で、どれがそうではないというものでもない。


たとえば、サルちゃん(私の家内)はタイ人だが、タイではお墓を建てないのが普通だ。
彼女自身も、お墓に入らなくても良いと言っている。
タイの仏教徒では、火葬後に海や山に散骨することが一般的なのだ。
私自身も、タイ人と結婚したことを契機に、亡き後は散骨してもらいたいと思っている。
お墓に対する「執着心」など、ひとかけらもない。


さて、そういう前提に立って、川島なお美さんのケース。
言っておくが、以上に書いたことも、これから書くことも、自分の考えを人に押し付ける気持ちは毛頭ない。
あくまでも、「自分はこう考えている」ということを紹介しているにすぎない。
私がブログで書くことは、すべて同様だ。
また、自分の信念や思想が、10年後には180度変わっているかもしれない。
25年間のソフトウエアエンジニア(SE)の経験から、コンピュータに比べて人間は如何にいいかげんな存在かを痛切に感じる。
考えがコロコロ変わったり、感情によって心が曇って真実が見えなくなったり。


川島さんは、ご主人と一緒にお墓に入りたいという。
これは、ある意味では「わがまま」と取られるかもしれない。
あるいは、本当に好きだから、今生が終わった後でも一緒にいたいという気持ちを素直に表しただけなのかもしれない。


これはあくまでも私の40年以上に渡る霊的世界の探求の末に行き着いた考えて、これが絶対と思っているわけではないが…。
たとえ同じお墓に入っても、霊界で一緒になれるわけではない。
人間の本質はあくまでも「魂」であって、それは現代の自然科学では捉えたり機器で計測不能の実態だ。
魂が去った後の身体や骨などは、「脱け殻」でしかない。
霊的存在は、お墓が自分の「居場所」と思えば、儀保さんが言うように、そこを定住の棲み家とするだろう。
だが、お墓などなくても、向こうの世界で「生きて」は行けるのだ。


向こうの世界でも一緒に暮らしたいと言っても、それ以前に問題がある。
二人が同じ「次元」へ還った場合だけ、向こうで会える可能性が出てくるのではないか。


いわゆるこの世界で行きている人々の大半が生まれる前にいて、今生が終わった後に還っていくところは、インドの伝統では「アストラル界」などと呼ばれる。
アストラル次元でも、上界とか外界とか分けて考える人もいる。
丹波哲郎氏あたりが、霊界ではこの世の人間と同じように「お花畑」があったり「夫婦の営み」を行ったりすると言っていたが、それは真実であっても、「狭い世界」での光景かもしれない。
もっと上の次元、たとえばカラーナ界へ行くと、もう「幽体」と呼ばれるような身体は必要としなくなる。
そういう世界では、魂はもう「光の玉」としてしか存在しないという。
男女の別もなく、もちろん「男女の営み」もない。


川島さんご夫婦の場合、たとえばどちらかがより高い次元へと旅立って行った場合、もう一緒になることはできなくなるかもしれない。


以上、「お墓」というものに囚われなくても、向こうの世界では生きていける可能性を示したが、無理に信じてほしいとは思わない。
たとえば信仰を持っている人は、それぞれの宗教の教えがあるだろう。
私はそのような特定の宗教宗派を超えたところを前提として語っているつもりだが、信じる信じないはみなさんの自由です。
…ということで、この記事はこのへんで。


宜保愛子の幸せを招くお墓と仏壇の祀り方

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死後の世界と魂の成長―死んだらどうなるか

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【龍矢】久々のソリゲレンデ。スケボー、インラインスケート、一輪車など、都立小金井公園には専用の乗り場が一杯ある。
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