探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家の地震予知・地震予測関連ブログ

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ラグビー五郎丸歩選手のルーティンと仏像の印相+合掌することの意味

みんな大好き(?)、五郎丸歩選手の話題を。
ラグビーヤマハ発動機ジュピロ所属の五郎丸選手は、ワールドカップで大活躍して世界中の注目を浴びた。
今日、世界最高峰のプロリーグ「スーパーラグビー」のオーストラリアのチーム、レッズに入団することが決まった。


スーパーラグビーは、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカに拠点を置くクラブチームで構成されている。
ヤマハ発動機に所属したままレッズにも所属することになる。


五郎丸選手については、10/9の下記の記事で詳細に紹介した。tankyu.hatenablog.com


上記の記事で、例の「ルーティン」の一部である「サムライ拝みポーズ」とか「忍者ポーズ」とか「カンチョーポーズ」(笑)などと呼ばれる姿勢について、「人差し指を合わせる仕草は仏が印を結ぶ姿にも見えてくる」と書いた。
ネット上で見ると、同じように思った人は、少なくないようだ。


今朝、「グッド!モーニング」(テレビ朝日系)を見ていたら、その「拝みポーズ」にそっくりの印を結ぶ仏像があると注目を集めているという。
その仏像は、岐阜県関市西日吉町の関善光寺の大日堂に鎮座する「宝冠(ほうかん)大日如来」だ。


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善光寺は、正式名称「妙祐山宗休寺」という天台宗安楽律法流の寺院だ。
唐の玄宗時代(約1200年前)に鋳造された名作と呼ばれた仏像で、高さ約5mの金銅坐像で、結ばれた印形は非常に珍しいものだという。

仏像の印相にヒントを得た?

この印をよく見ると、五郎丸選手の手の組み方とそっくりというが、まったく同一ではない。
大日如来さまは人差し指以外の指を組んでいるが、五郎丸選手は、左手の人差し指以外は握っているが、右手の中指と薬指の2本は浮いている状態だ。


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これに似た印があるかというと、民間呪術の「九字護身法」の九字のうちの最初の「普賢三摩耶印(ふげんさんまやいん)」に似ていなくもない。
だが、これも微妙に違う。
「臨」と唱え、左右の手を組み、人差し指を立てて合わせるものだ。
下記の図のいちばん右。


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そもそも仏教の印相とは、ヨガのムドラ(Mudra)が伝わったものだと思われる。
それで、仏教の諸仏の印相とヨガのムドラーを探しまわってみたが、五郎丸選手の手の組み方とまったく同一のものは、見つけられなかった。


ネット上では諸説あるが、結局のところ、五郎丸選手はどこかの仏像の印相などに影響を受けたのかもしれない。
だが、最終的には独自のポーズを創りだしたのではないか。

ムドラ(印相)と合掌の意味

仏が印を結んだり、ヨガ行者がムドラを行ったりすることは、決してポーズだけの抽象的な行為ではない。
昔読んだインドの女性ヒーラーの本では、各種のムドラを健康増進などのために薦めていた。
手を組んで指を合わせたりすることは、内気(体の中を巡る気エネルギー)を循環させる目的なのだ。
それによって、心を落ち着けることもできる。


手の指はさまざまなツボがあり、それぞれ異なる経絡に対応する。
手の組み方によって様々な形の印を組むことで、気の流れ方が変わってくる。
それらの経絡を流れる内気を統合する目的もあるのだろう。


日本の仏教や神道では、祈る際にインド起源の合掌を行う。
これもまた、体内で気を循環させて心を落ち着ける作用があるのだろう。


五郎丸歩選手がルーティンの一環として拝みポーズをする時、実に柔和な表情をしている。
荒々しいラグビーの選手には、まったく見えない。
あれは実は、印を結ぶのに似た形を取ることによって、心を落ち着かせる効果があるのだろう。
本人は知ってか知らずか、最終的にその形に行き着いた。
さすが魚座の人だと感心する。


結果的に、ゴールを狙うための精神集中に役だっているのだろう。
そういう行為が許されるラグビーというスポーツは、自由があっていいなと思う。


タイ人たちは、ワイ(合掌)を日常の挨拶の一環として行う。
笑顔とともにワイをする挨拶は、自分の心を落ち着かせる作用もあり、また相手もそれを見て心が和む。
特にタイ人女性が微笑みとともに見せるワイは「超強力」で、外国人男性はコロリと逝ってしまう。
私もその逝ってしまった一人かもしれない。


サルちゃんは、日本に来て、ワイをまったくやらなくなった。
ただ、本当に感謝の気持ちを示す時だけは、日本人に対してもワイをして「コップクンカー」(ありがとうございます)と言う。
普段の挨拶でも、やればいいと思うのに。


話が戻るが、祈る時に合掌することも、全然抽象的な行為ではないのだ。
心を落ち着かせ、祈りに集中する目的がある。


ちなみに、私は神仏に対して祈る時には、眉間のアジナチャクラに集中して、無の状態に自分を起き、ときには一瞬クムバク(止息)する。


普段、べつに祈るときだけでなくても、心を落ち着けさせたい時にも合掌すればいいと思う。
「手を合わせる」ということには、深い意味があるのだという話でした。


不動の魂  桜の15番 ラグビーと歩む

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合掌のはなし―手を合わせると…

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