探求三昧 - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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探求三昧 by 百瀬直也




楽しさいっぱい?〜川越聖地巡礼


2007/06/16(土)
夜、ダウジングで、以前から質問したかったことを伺ってみる。
仏壇に、仏像をお祀りすべきかどうか?
答えは、Yesだった。
そもそも仏壇とは、仏さまをお祀りするためにあるべきもので、ご先祖さまは付加的ものなのだ。
それが、日本の仏教の場合には、本来のインドの仏教にはなかった先祖崇拝や「葬式仏教」的な要素ばかりが強調されて、おかしな宗教になってしまっているのが実情だ。
お釈迦さまは、このような状況を嘆かれているのではないか。
だが、どの仏さまをお祀りすべきかについては、一度や二度ダウジングをして決定するのではなく、慎重を期さなければならないだろう。


続いて、翌日日曜日にどこかへ聖地巡礼すべきかどうかについて、伺う。
すると、川越の下記の場所へ行くようにとの指示が出た。


じつは、川越というところは、聖地巡礼以外の目的でも、まだ一度も行ったことがなかった。
西武新宿線沿線に住んでいて、いつも[本川越行き」急行や準急に乗っているのにもかかわらず。
家内は小京都のようなところが好きで、以前から行きたいと言っていたところだ。
翌朝、家内に声をかけてみると、一緒に行きたいとのこと。
というわけで、家族3人で行くことにした。

川越へ

2007/06/17(日)
埼玉県川越市の中心地である川越は、「小江戸」と呼ばれ、かつて江戸時代には川越藩の城下町だった。
そのため歴史ある建物や神社仏閣が多く、若い人からお年よりまで楽しめる観光地だ。
今年2007年は川越城築城550年ということで、特に観光に力を入れているようだ。


私が住んでいる花小金井駅から急行に乗り、35分ほどで、西武新宿線終点である本川越駅に着く。
だが、3歳の息子のゆうちゃんが喜ぶだろうということで、あえて特急に乗ることにした。
西武新宿駅からだと、特急で46分。運賃は特急料金を含めて片道890円で行ける。
事前に調べてみると、「小江戸川越フリークーポン」を使用すると、交通費が得することがわかった。
往復運賃が割引になるほかに、川越の観光地を回る『小江戸巡回バス』に1日乗り放題となるもの。
西武新宿線の各駅のほかに、西武鉄道と相互にフリーきっぷを発行している小田急線の各駅でも発行しているようだ。
ちなみに、花小金井駅発行のものだと、1,080円だ。


11:00頃に花小金井から各駅停車で所沢へ行き、そこで特急レッドアロー「小江戸号」の特急券を自販機で購入する。
片道350円だから、気軽に買える値段だ。
ゆうちゃんは3歳なので運賃は発生しないが、一人で座らせる場合は指定席券だけ子供料金が必要となる。


急行でも35分で着く距離だから、所沢から特急に乗ると、あっという間に着いてしまう。
川越は、西武新宿線東武東上線川越線の駅が集まっている。
ただし各線の駅はちょっと離れていて、連絡のためには歩く必要がある。
本川越駅前は、かなり栄えている雰囲気で、駅ビルペペなどのビルが建っている。
駅前のバス停で、ちょうど小江戸巡回バスが来たところで、バスに乗り込む。
小さなバスは超満員だ。
半時計回りに、1時間に3〜4本の運行だから、効率よく川越を周るには、事前に時刻を調べておいた方が良い。
バス内に置いてあるパンフレットに、時刻表が載っている。
小江戸巡回バスの1日フリー乗車券を単独で購入する場合は、500円となっている。

喜多院(きたいん、川越大師)

11:50本川越駅前発の循環バスで7分ほど走り、最初の目的地である喜多院前で下車。
循環バスのルートの都合で、巡礼の順番は変えさせてもらった。
今回の巡礼先に関する知識はほとんど無く、事前に調べる時間もほとんどなかった。
川越大師という通称から、弘法大師にまつわるお寺を想像していたが、実際はまったく関係なく、天台宗のお寺だ。
平安初期の天長7年(830)に慈覚大師円仁が建立し、当初は無量寿寺と号したという。
五百羅漢や正月3日のだるま市(初大師)でも有名で、川越観光の中心的存在となっている。
徳川家ゆかりの寺としても栄え、江戸城内の徳川家光誕生の間などが移築されている。


今日の巡礼の祈りの目的を伺うのを失念したが、地震沈静ということだろうと判断し、祈る。
家内と息子はさっさと祈りを済ませ、私が祈り終えた頃には、すでにおみくじを引いた後だった。
私がおみくじを引くと、15番の「凶」
ここのおみくじは変わっていて、大きめのわら半紙の表面には、昔風のくずした字体で文語体で書かれている。
正月の京都巡礼以来、なんだか今年はよく凶が出る。
「営業方針」的にも、祈祷に力を入れている寺は「凶」が出やすい傾向にあるのではないかと思ってみても、今生で十指に余るほどしか引いたことがないので、今年で既に4回目というのは、やはり多いかもしれない。
ちょうどバスが来る時間なので、境内を出る。

川越氷川(ひかわ)神社

12:17発の小江戸巡回バスに乗り込み、次の目的地、川越氷川神社前で下りる。
ここは川越の総鎮守とされる神社だ。
川越有数のイベントである川越祭り(川越氷川祭)は、この氷川神社の祭礼だという。
じつは、前日の夜にダウジングをやった歳に使用した地図帳には鳥居マークさえもなく、そのあたりにはただ「氷川町」という町名しか見えなかったのだ。
3番目の巡礼地としてペンデュラムが振れた場所にあった神社だという認識しかなく、どこにでもある氷川神社のたぐいという程度だったが、毎度のことながら、それだけダウジングの結果が正確だということだろう。
祭神は、素戔嗚尊スサノオノミコト)、奇稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)、大巳貴命(オオナムチノミコト)、脚摩乳命(アシナヅチノミコト)、手摩乳命(テナヅチノミコト)の5柱。


関西の人は知らないかもしれないが、氷川神社といえば武蔵国(埼玉県)各地に無数に存在する社名で、その総本社である大宮氷川神社といえば、江原啓之さんもお奨めの聖地だ。
といっても、私は以前からお参りするように指示されているが、まだ実現していないのだが。
その大宮氷川神社では御祭神須佐之男命稲田姫命大己貴命となっているが、ここでは多少異なっている。
この川越氷川神社は、欽明天皇2年(540)に武蔵国造が大宮氷川神社より分祀、奉斎したという。


氷川神社前のバス停で下りて境内南側に面した鳥居から入ると、東側の正面に朱色の大きな鳥居が見える。
バスの運転手が言っていたが、木製の鳥居としては日本最大なのだという。
その高さ15メートルは、各地を聖地巡礼して大きな鳥居を見慣れている人間としても、たしかに大きく見える。
平成のご大典奉祝行事として建立されたというから、まだ新しいのだ。



お祈りした後で、おみくじを引くと、32番の「小吉」。
「神の教」には、こうある。

我心我欲をはろうて胸は清い高峰の 月の光
胸の苦しみ、心のもだえ、よくよく考えてみれば、我身びいき身勝手から起こっている。我欲をすてて他人の幸福を念じる心になり切れば、広らかな、すがしい気持にかわって来る。そうだ何も神さまにおまかせして、神様と一体になるまで、御祈りをつづけましょう。


否定すべきところはなく、まったくその通りだと思う。
自分ではそうしているつもりが、まだまだ足りないということなのか。



【写真】川越氷川神社の境内にある池の前で、ゆうちゃん
ウルトラマンのポーズのつもりなのか?

出世稲荷神社

氷川神社前から循環バスに乗り込む。
バスは超満員で、やっとのことで3人が乗ることができた。
2つ目の「蔵の街」バス停で下りる。
川越のメインの商店街通りである一番街にある。
その通りを南下して歩いた後で、並行している「大正浪漫夢通り」に入ってみる。
普通の商店でも、大正時代の店舗を模した造りになっていたりして、歩いていて楽しい。
最期の巡礼地である出世稲荷神社は、家内と息子を食事させておいて、その間にお参りしようと思っていたのだが、ずっと歩いていっても適当な食べる店がなく、その神社の近くまで来てしまった。
大正浪漫夢通りにマルエツがあり、そこから南へ行って最初の十字路を左へ曲がってしばらく歩くと、その神社がある。
高いイチョウの木が目印だ。



ネット上で「出世稲荷神社」で検索すると、京都にも同名の神社があるようだ。
だが、Googleマップで「出世稲荷神社」で検索すると、出てきたのは、川越市にあるこの神社だけ。
通称「いちょう稲荷神社」といい、高さ約26メートルある2本のイチョウの木は樹齢500年と推定され、川越市の天然記念物に指定されている。
家内と息子を境内の遊び場で遊ばせている間に、お祈り。
この神社は天保2年(1832)に地主の立川氏が京都の伏見稲荷大社より分社した神社だ。
祭神宇迦之御魂大神・佐田彦之大神・大宮能売ノ大神も、本社と同じだ。
以上はこの巡礼記を執筆する時点で知ったことだが、今日の巡礼でこの神社がまっさきに出てきた理由がちょっとわかったような気がする。
何らかの理由で、私は伏見稲荷大社にご縁があるのだろうと推測しているからだ。

川越観光

私にとっては、あとはオマケなのだが、家内と息子にとっては、これからが本番だ。
大正浪漫夢通りに戻って、ある居酒屋に入って遅い昼食。
もう14:00を回ってしまっていて、家族にも朝から「プチ断食」をつきあわせてしまった。
聖地巡礼が終るまでは、夕食時まで断食というのが慣れているので食べなくても平気だが、付き合いで食べることにする。


昼食後に、メインストリートを北へ歩いていき、川越見物。
川越は、思っていた以上に観光客が多い。
家内は、ここでしか買えなさそうな珍しいお菓子などを買っている。
そして、路地へ入り、最後の目的地である「菓子屋横丁」へ。
今朝、ゆうちゃんには「神さまのところへ行くよ」と言っただけで喜んでいたが、更に「お菓子屋さんがたくさんあるんだよ」と言うと、もっとはしゃいでいた。
ふつうの住宅街の路地に、駄菓子ような菓子を売る店が20軒ほど集まっている。
古い城下町だから、この菓子屋横丁もさぞかし歴史があるのだろうと思っていたが、このように菓子屋が集まるようになったのは、じつは明治の初め頃らしい。


ゆうちゃんはさぞかし嬉しがるだろうと思っていたが、お菓子よりもお目当てはオモチャのようだった。
ゲキレンジャーのお面を買ってもらったのが一番うれしかったらしい。
そんなもの、菓子屋横丁でなくても売っているのに。
だが、竹とんぼとか名称不明の昔なつかしいオモチャも手に入れて、満足したようだった。
駄菓子屋でなつがしがって喜んでいたのは、どちらかというと親の方だったようだ。


菓子屋横丁のバス停から循環バスに乗ろうと思ったが、満員で乗れない。
次に来たのが大型のバスで、なんとか乗ることができた。
本川越駅から急行で家路につく。
始発だから座って帰れるという利点がある。


今回は家族連れの巡礼としたのは自分の判断だったが、やはり一人で来た方が祈りに集中できただろうか。
それとも、家族で来ることを見越してのダウジングの指示だったのか。
まあ、たまにはこういう巡礼もあっても良いのではないか。
私自身にとっては、自分の本務を尽くせればそれでいいのだ。

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