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探求三昧 by 百瀬直也




長崎聖地巡礼記(4)島原市+長崎市


今日は島原市へ行き、その後に長崎市に戻って巡礼を続ける。
島原市では、島原の乱で殺された人々の慰霊の祈りをする。
最後には、聖コルベ(コルベ神父)ゆかりの修道院を訪れる。


7:30頃にホテルを出る。
浦上駅前で路面電車を降りて、JRに乗り換え。
長崎本線シーサイドライナー諫早へ行き、島原鉄道に乗り換え。
島原鉄道島原半島の海沿いを走る。
島原駅で下車。

島原城

島原駅から5分ほど歩いて、島原城へ。
入場料520円を払う。
城内は、かなり暑い。
うちわを自由にもって行けるようになっている。


島原城の1フロアーは、キリシタン史料館となっている。
島原は大名自身がキリシタンとなったりして、キリシタン王国となっていた。
そのような土地なので、非常に貴重な展示物が多い。
隠れキリシタンが隠してひそかに拝んでいたマリア像など。
マリア観音像がいくつも並んでいるところで、お祈りをする。
東京ではなかなか目にすることができないものだ。
島原城は、キリシタン関係の展示が見れただけで、来た甲斐があった。


説明係のおばさんに、江東寺への行き方を聞く。
地図を見せて説明してくれる。


最上階は展望台になっている。
四方が見渡せて、絶景が得られる。

東寺

島原城のおばさんに教わったとおりに、アーケードをまっすぐ歩く。
炎天下を歩くよりは、ずっと楽だ。
ケータイの地図アプリでGPSを頼りに歩く。


東寺は、曹洞宗の寺だ。
巨大な釈迦涅槃像で知られている。
まず本堂に入って、お祈り。
次に、墓地の中にある釈迦涅槃像へ。
北に頭を向けて左半身を上にして涅槃に入った釈尊の姿を、7〜8メートルぐらいの長さの像としている。

佑徳院稲荷神社

またケータイの地図アプリを頼りに、歩く。
この神社と、次の弁財天宮は、昨日までは巡礼の予定地に含まれていなかった。
ホテルでダウジングで伺って、指示されたところだ。
以前から、江東寺島鉄本社前駅の間あたりで、しきりにペンデュラムが振れていた。
だが、そこには神社仏閣がまったく見つからなかったのだ。


地名が弁天町というからには、弁財天さまが祀られた寺社があっても良いのだが。
Gogleマップでも、まったくない。
だが昨日Infoseekの地図を探してみると、そこに佑徳院稲荷神社と弁財天宮があることが、初めてわかったのだ。
いつもながら、指示を与える方(守護霊)はそこまでわかってペンデュラムを振らしているのかと、感心してしまう。


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この2社は、かつては理性院大師堂の境内にあったという。
佑徳院稲荷神社は、小さな祠だった。
この神社も、野母の熊野神社と同様に賽銭箱がない。
引き戸を開けてみると、中が座敷になっていて、祭壇の前に賽銭箱があった。
中が異様に蒸し暑いので、お賽銭だけ入れて外に出て、立って祈る。


島原の乱で亡くなった人々がすべて苦しみ、痛み、恨みの念から自由になり、霊的に成長しますようにと。

弁財天宮(佑徳院稲荷神社の北60m)

弁財天宮は、稲荷神社からちょっと戻ったところの丘の上にあった。
来るときには、気づかなかった。
ちょうど掃除をしていた人たちが終わったようで、タイミングが良かった。


島鉄本社前駅まで5分ほど歩く。
島原鉄道に乗り、長崎まで戻る。

福済寺・長崎観音(長崎駅北側)

福済寺(ふくさいじ)という中国寺院には、長崎観音と呼ばれる巨大な観音像がある。
初日の8/8に二十四聖人殉教の地へ行ったときに、その観音像が見えた。
長崎駅を見下ろすようにして立っている。


福済寺は、同じ唐寺興福寺崇福寺とともに三福寺と呼ばれている。
長崎駅から丘を登り7〜8分歩いたところにある。
境内に入ると、長崎観音があった。
正式には、萬国霊廟長崎観音という。
巨大な亀の上に観音様が乗っている。
高さ18mで、地面からだと34mある。


観音像の亀の前が入口となっていて、中に入ってみる。
そこには祭壇があり、観音像の中に更に観音像があった。


元気がよくおしゃべりの女性がいろいろと説明してくれる。
英国から来た男性と一緒に説明を聞く。
彼が「UK」というのがどこかわからないらしく、私に聞く。
巨大な観音像の中に、地球の自転を示す「フーコーの振り子」が設置されている。


長崎原爆の犠牲者慰霊、日本で殉教した全てのキリシタンの慰霊、そして地震沈静の祈りをする。


聖福寺(桜町駅

福済寺から3分ほど歩いたところに、聖福寺(しょうふくじ)がある。
黄檗宗唐寺だ。
本堂やあちこちに、中国でおめでたい(魔除け効果がある)果実とみなされている桃の浮き彫りが見られる。


聖母の騎士会本河内教会・ルルド・聖コルベ記念館

この日最後の巡礼地は、聖コルベが創設した聖母の騎士会の本河内教会だ。
それに加えて、コルベ神父が作ったルルドと、聖コルベ記念館。
聖母の騎士会(無原罪の聖母の騎士会)は、聖母マリアに全てを捧げて働くことを目的とし、1917年にポーランドで創設された信心会だ。
創設者は、聖マキシミリアノ・マリア・コルベ神父。


マキシミリアノ・コルベ神父は、昭和5年(1930)に来日し、6年間の滞在の間に、仲間とともに『聖母の騎士』誌を発行し、聖母の騎士修道会などを創設した。
ポーランド帰国後にナチスに捕らえられ、強制収容所で、一人の男性の身代わりとなって処刑されていった。
その後1982年に、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世により列聖された。


桜町駅から路面電車に乗り、終点の蛍茶屋へ。
聖母の騎士修道院のすぐ隣が墓地になっていて、うっかり迷い込んでしまった。
上り口に、県営バスの番所というバス停があった。
あらかじめバスの時刻を調べておく。
そして、山の上の階段を上って行く。


まず本河内教会に入る。
中には、誰もいない。
聖コルベの小聖堂もある。
ひざまづき、宇宙創造主、イエスさま、マリアさまに祈る。
長崎原爆犠牲者の慰霊、殉教した全てのキリシタンの慰霊、地震沈静。


次に、ルルドへ。
場所がわからず迷っていると、ちょうど教会の人が入り口から出てきた。
聞いてみると、脇の階段を上っていったところにあるという。
上っていく途中には、イエスさまのヴィア・ドロローサレリーフが各所にある。


汗だくになって5分以上登ったところに、やっとルルドの泉があった。
女性が水をまいて掃除をしている。
ひしゃくで、水を飲ませてもらう。
甘みがあり、とてもおいしい。


下に降りて、コルベ記念館に入る。
入館料はなく、無料で見学することができる。
展示室の中央には、コルベ神父の個室が再現されている。
中に入ると、非常に質素な生活だったことが一目でわかる。
目に付くのは、大きな机と本棚ぐらい。
受付にいた女性が、コップに水をもってきてくれる。
飲んでみると美味しいので、ルルドの聖水かもしれない。


展示物は、ここでしか見られないような貴重なものが多い。
ときどき私のブログにコメントを書いてくれる女性が描いた油絵が展示されているというので、探してみた。
少年時代の聖コルベが赤と白のバラと共に描かれている大きな油絵だった。
「のびのび少年コルベ」と題がついている。
そのような女性とネットで知り合うとは、不思議な縁だ。


誰か若いお客さまが来ていて、神父さまが応対している。
一通り見終わったところで、神父さまに呼ばれて、その女性と一緒にビデオを見せてもらう。
聖コルベがアウシュビッツ強制収容所で殉教したときの再現フィルムなどの貴重な映像だ。


コルベ神父は、1941年5月にナチスに捕らえられ、アウシュビッツ強制収容所へ送られた。ある日、脱走者が出たために、罰として10名が無作為に選ばれ、餓死刑に処せられることになった。
選ばれた一人の男性は、自分には家族がいる、殺されるのは嫌だと抵抗した。
そのとき、コルベ神父が前に出て、自分には家族がいなく、代わりに餓死刑にしてくれと言った。


10分ほどのビデオが終わり、神父さんが補足して説明してくれる。
アウシュビッツでコルベ神父が身代わりになった男性は、その後も行き続け、その後にカトリックに入信され、聖人となるための証人となった。
コルベ神父が身代わりを申し出たときに、この二人の間に会話はなかったという。
餓死刑の最中でも、コルベ神父は他の9人を励まし、ついに最後まで行き続けた。
そして最後には、ナチスに注射を打たれて最期を遂げた。


この神父さまは、ここの神学校で学んで、この修道会に入ったときには、コルベ神父はすでに帰国されていたという。


神父さんに、どこから来たのかと質問される。
東京からだと答える。
自分はクリスチャンではないが、長崎に聖地巡礼に来たのだと。
教会や神社仏閣を回って、原爆の慰霊や殉教したキリシタンのために祈っているのだと、精一杯の想いで伝える。
どこまで理解してもらえたのか、わからない。
クリスチャンではないと言った瞬間に、あまり興味をもたれなくなったのかもしれない。


コルベ記念館を出る。
ちょうどバスが来る時間だ。
バス停に着いたとほぼ同時に、パラパラと雨が降ってきた。
いつものようにタイミングが良い。


ホテルに帰ってからも、軽い頭痛が続いていた。
今日は2度ほど墓地の中を歩いたりしたので、そのせいだろうか。
それとも、炎天下を帽子なしで歩いたせいか。
または、どこか別のところでぞろぞろと連れてきてしまったか。


※この長崎巡礼記は未完ですが、いずれ「聖地巡礼ファイル」シリーズとして公開する予定です。


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