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探求三昧 by 百瀬直也




神道とユダヤ教(2)神輿とアーク


この記事は、連載として書いています。
第1回目はこちらにあります。

今回は、ユダヤ教の契約の箱と神輿との類似点について検証したい。
今日、YouTubeで「神輿と契約の箱」という動画も投稿したので、それも併せて紹介する。
昨日、丸1日かかって編集したものだ。
神輿と契約の箱(アーク)の類似性については、肯定するか否定するかは別として、よく知られた説だろう。


契約の箱とは、『旧約聖書』に記されている、十戒が刻まれた石板を収めた箱のこと。
証の箱、掟の箱、聖櫃(せいひつ)、約櫃(やくひつ)などとも呼ばれる。
前駐日イスラエル大使のエリ・コーヘン氏は、初めてお祭りで神輿を見たときの衝撃を忘れられないという。
ユダヤ人の大富豪だった故ロスチャイルド氏も、日本に来て神輿を見て、契約の箱に似ているために大変関心をもった。

神輿の起源

神輿は元々は、天皇など高貴な人物が乗るための「輿(こし)」に原型があった。
輿のうち、輦輿(れんよ)と呼ばれた形態は屋根を上に載せたものだ。
屋根に鳳凰(ほうおう)を載せたものは特に「鳳輦(ほうれん)」と呼ばれて、神か天皇しか乗ることが許されなかった。
神が乗るとされた鳳輦が、後の神輿の原型となった。


文献での神輿の初出は、奈良時代元正天皇の御代、養老4年(720年)に九州で起きた「隼人の乱」にある。
この年の2月、九州南部の大隈・日向の隼人族が大隈国守を亡き者とし反乱を起こした。
朝廷は大伴旅人を征隼人持節大将軍に任命して、一万人以上を派兵した。
この際に、朝廷は宇佐八幡宮に勅使を派遣し、国家鎮護と隼人討伐を祈願した。
当時、八幡神大分県宇佐市の小山田に鎮座していた。
八幡神は、自ら神軍を率いて隼人討伐に赴くという託宣を下した。
朝廷は、八幡神の神霊が乗る神輿を初めて作らせた。


次に神輿が登場するのは、聖武天皇が奈良に東大寺を建立し、毘盧舎那仏(大仏)の建設に着手した時のこと。
宇佐八幡神は、天平勝宝元年(749年)に、大仏の建立を助けるために、屋根に金色の鳳凰が輝く天皇の乗り物(鳳輦)に乗って都へ都御したという。


八幡神は、もともと秦氏(はたうじ)が初めて奉じた神だった。
「八幡」は古くは「やはた」と読んだが、それはヘブル語でユダヤを意味する「イェフダ」から来ているという説もある。
秦氏が絡んでくると、やはり古代イスラエルとの関わりを考える上で、かなり怪しくなってくる。
現在の八幡神社の御祭神応神天皇だが、元々は応神天皇が信仰した神が「八幡の神」だったという説もある。
そして、それは「イスラエルの神」と同じ存在ではないかと。


秦氏の祖先は、秦の始皇帝の13世孫、孝武王の子孫にあたる功徳王が仲哀天皇の御代に渡来した。
また、融通王が応神天皇の御代に、127県の秦氏を引率して渡来したという記録がある。
秦氏は、応神天皇の時代に大挙して渡来していることになる。
その応神天皇ご自身も、じつは古代イスラエルの民ではないかという説もある。
天皇家は万世一系ではないとする王朝交代説の中には、応神天皇の前で断絶しているというのもある。
応神天皇の母とされる神功皇后は、身重の体で新羅へ遠征したとされるが、実はその反対で、朝鮮半島から渡来したのではないかというものなどだ。
私自身も、上記のような説を可能性として検討している。
ただし、天皇家古代イスラエルの民の末裔であるというのは、色んな意味で、慎重に取り組む必要があるだろう。

契約の箱の起源



Replica of Ark of the Covenant (Hebrew: אָרוֹן הָבְּרִית‎ Ārōn Hāb’rīt [modern pron. Aron Habrit])

Photograph taken by Suseno

Used under Creative Commons License.

契約の箱は、映画『インディ・ジョーンズ レイダース 失われたアーク《聖櫃》』でお馴染みだろう。
というか、私自身は見ていないが。
こういう題材を映画にしたのは、監督のスティーヴン・スピルバーグユダヤ系だというのもあるのだろう。
モーセの時代に、アークの中にマナを納めた金の壺、アロンの杖、十戒を記した石板が収納された。
だが、ソロモン王の時代に、十戒を記した石版以外には何も入っていなかったという。
この契約の箱は、いつしか失われてしまったようで、ある時以降に旧約聖書から記述が消えてしまう。
そのため、ユダヤ教徒キリスト教徒は、アークがどこかに隠されているのではないかと考え、そのテーマが映画にもなるわけだ。


旧約聖書出エジプト記25章では、神がモーセに対して、契約の箱を作るように命じる。
それを読むと、その形や大きさが、非常に詳細に指示されている。
その一部を引用する。

25:10 アカシヤ材で箱を作りなさい。寸法は縦二・五アンマ、横一・五アンマ、高さ一・五アンマ。
25:11 純金で内側も外側も覆い、周囲に金の飾り縁を作る。
25:13‐14 箱を担ぐために、アカシヤ材で棒を作り、それを金で覆い、箱の両側に付けた環に通す。
25:20 一対のケルビムは顔を贖いの座に向けて向かい合い、翼を広げてそれを覆う。
25:21 この贖いの座を箱の上に置いて蓋とし、その箱にわたしが与える掟の板を納める。
(『聖書・新共同訳』(日本聖書協会)より)


アンマという尺度が使われているが、これをメートル法に換算すると、長さ約1m12cm、幅と高さは約67cmとなる。
神輿でも、屋根を除いた本殿の幅は、その程度が多いかもしれない。
ここに出てくるケルビム(cherubim)とは、Cherubの複数形で、智天使を意味する。
聖書に登場する天使の一種だ。
日本の神輿では、ケルビムではなく、屋根に1羽の鳳凰がいる。
鳳凰とは、中国神話の伝説の鳥であり、霊鳥だ。
鳳皇とも呼ばれる。
日本でも、古代の建築物などの装飾として、お馴染みの存在だ。

なぜ鳳凰か?

日本ではなぜケルビムが使われなかったか?
天使に対する信仰がなかったからなのだろうか。
鳳凰の鳳とはオスで、凰はメスなのだという。
それならば、つがいとして対で付ければ良いのにと思う。
もしも神輿を考案した人が古代イスラエルの末裔だとするならば、なぜそうしなかったのか。
どなたか、納得できる解釈方法があれば教えてください。


現時点での私の考えは、こうだ。
仮に、古代イスラエル10支族の末裔が日本に来ていたとする。
たとえば秦氏がそうだったとしよう。
ユダヤ教とか、原始基督教徒かは別として。
ただ、私の考えでは、秦氏がすべて古代イスラエル人の末裔だとするのは、無理がある。
古代豪族とは、必ずしも血縁の関係で結ばれていたわけではなかった。


秦氏の祖先だとされる融通王が、応神天皇の御代に127県(あがた)の民を引き連れて帰化した。
その数は数千人から1万数千人の規模だったと考えられている。
そのすべてが血縁関係だったとするのは、無理な話だ。
いろんなところの民族が混じっていた可能性があるだろう。
中には、彼らが主張するように秦の始皇帝の末裔もいたのかもしれない。
信仰形態も、さまざまな形があっただろう。
たとえば秦氏の八幡信仰をひとつ取ってみても、シャーマニズムとか道教とか、いろんな要素が混じり合っている。


そういう人々が、たとえばユダヤ教なりキリスト教景教)を信仰していることを、公にしたらどうなるだろうか。
仏教が渡来した時でさえ、あれほど大騒ぎになって、神道派との大きな戦いとなった。
西域の得体のしれない宗教が入ってきたと知れたら、大騒ぎになることだろう。
なので、自分たちの信仰を隠し通したのではないか。


少し長くなったが、そういう前提で考えれば、ケルビムが鳳凰に変えられたのも、納得がいかないだろうか。
神輿の形も、契約の箱そのものではなくて、バレないような範囲で、日本的・中国的なテイストを加えてデザインされただろう。

契約の箱と神輿の比較

契約の箱と神輿の共通点を、以下にまとめてみる。

  • 1) 両方とも移動式の神殿である。
  • 2) 金で覆われている。
  • 3) 肩で担ぐために、底に2本の棒が取り付けられている。
  • 4) 天井に、翼が生えた存在(ケルビムと鳳凰)がいる。
  • 5) 大きさもほぼ同じ。


また、両者の相違点もまとめておく。

  • 1) アークの屋根にはケルビムがあるが、神輿の屋根にあるのは鳳凰。
  • 2) アークでは、ケルビムは向かい合わせに1対があったが、神輿では屋根の上に1つだけある。(小さな鳳凰は屋根の四隅に取り付けられる場合があるが、その際に鳳凰は外を向いている)
  • 3) アークは底面が長方形だが、神輿は正方形。(諏訪大社の御射山祭では例外的に長方形の神輿がある)
  • 4) アークは地面に触れないように4本の短い脚がついている。(神輿は地面に置かないように台の上に乗せる)



Omikoshi procession of the Gion Matsuri

Photograph taken by Chris Gladis, Flickr user MShades

Used under Creative Commons License

このように、相違点もあるが、主な部分はケルビムと鳳凰の違いにあるようだ。
だが、上記の共通点は偶然とは思いがたいものがある。
あとで紹介するビデオでも示しておいたが、神輿とアークに似たものが、他に世界にあるかということだ。
私が今まで探求してきた結果としては、他には見当たらない。
一部類似しているものもあるが、神輿とアークほどは似ていない。


ラビ・マーヴィン・トケイヤー氏の『日本・ユダヤ封印の古代史』の中で、こう書いている。

イスラエル人のレビ族の祭司がこれを担ぎ、エルサレムの街中を、神楽の鳴り響く中、練り歩いた。
(『日本・ユダヤ封印の古代史』、ラビ・マーヴィン・トケイヤー著より)

これはまさに日本の祭そのものではないか。
また、ダビデ王は、契約の箱の前で踊ったという。


神輿とアークがたしかに同一起源をもつと仮定して、次の問題が生じる。
それは、端的にいうと、果たして「物だけが渡来した」のか、または「人も渡来した」のかということだ。
つまり、古代イスラエルの失われた10支族が日本に来ていたのか、いないのか、ということ。
神輿とアークのことだけ考えれば、「人も渡来した」説は弱いだろう。
だが、その他の神道ユダヤ教との類似点なども総合的に考え合わせると、やはり人も渡来したと考える方が今のところは自然だろうと思っている。

アーク渡来説

契約の箱が、四国の剱山の山中に隠されていると考えている人々がいる。
前駐日イスラエル大使のエリ・コーヘン氏もその一人だ。
だが、私はこの説には懐疑的だ。
まず、木製のアークが三千年以上の時を経て現存することがあり得るのかということ。
小学生でも考えつきそうな疑問だが。


米国のユダヤ人ラヴィ・マーヴィン・トケイヤー氏は、次のように語っている。

失われたアークがここにある、という説は、じつは世界のあちこちにあります。エチオピアにあるという説もあれば、いや、南アフリカ、ケニア、日本、インド、ネパール、エルサレムにあるという説もあります。
一つしかないはずのアークですが、世界のあちこちにあります(笑い)。
(『日本とユダヤ/魂の隠された絆―日本人の霊力を呼び覚ますユダヤ人の叡智!』(中丸薫、ラビ・マーヴィントケイヤー共著)より)


これは、対談相手の中村薫氏に対して語っている言葉だが、皮肉を込めて言っているように聞こえる。
そのような説を軽はずみに認めないというのも、ひとつの見識だろう。
もし仮に、古代日本に10支族の末裔の一部が渡来していたとする。
そうすると、神輿というのは、失われてしまったアークを模して作られたものかもしれない。
失われたからこそ、そのようなものを作ったのではないだろうか。
四国は、たしかに色々と怪しい要素がある。
エリ・コーヘン氏も、そのいくつかを見つけている。
私もそのうち、剱山あたりを聖地巡礼させられるかもしれない。
実際、巡礼先として何度か剱山周辺が出たことがあるのだが、その後に変更になっていた。


BC1000年頃、イスラエルのダビデ王は、契約の箱を担いでエルサレムへ行進した。
契約の箱は、アカシア材で作られていた。
聖書には、その契約の箱の規格が詳細に書かれている。長さ113センチ、幅と深さはそれぞれ68センチほどの長方形の箱古代イスラエルのレビ族の祭司が担ぎ、エルサレムの街中を練り歩いた。

神輿の語源

神輿の語源は、ヘブル語の「ミコダシュ」にあるという説がある。
奈良時代、格式ある神社から神様を分霊する際、輿を用いたことから、このような輿を「神の輿」、「神輿」と呼ぶようにになった。
あるいは、たんに「輿」に美称の「御」を付けたという可能性もある。
…ということを知れば、ヘブル語起源説は崩れ去るのではないか。


日本語の単語の語源を外国語に求めようとする場合、まず確認すべきことがある。
それは、日本語として意味が通るかどうか、だ。
日本語として十分に解釈できる言葉の語源を、外国語に求める必然性はないだろう。
こじつけと言われても仕方ない。
もっとも、ある言葉の真の語源を知られたくないという場合に、わざと「ダブルミーニング」をもたせたという可能性も、検討すべき場合もあるかもしれないが。
秦氏あたりならば、そこまでやり兼ねないだろう。


単語の語源から少しはずれるが、カタカナ・ひらがなとヘブル文字の類似性も、そういう観点から見る必要があるのではないかと考えている。
この件については、また別の機会に論じたい。
ユダヤ人の故ヨセフ・アイデルバーグ氏のように、日本語を母国語としない人は、どうしても日本語の知識に限界がある。
日本人の共同研究者がいれば、もっと絞り込めて説得力のある研究結果ができたことだろう。
その結果として、500が50になったとしても、それらの単語が十分に信ぴょう性の高いものならば、評価されるだろう。
発音と意味が一致する言葉であることが大切だ。


ちなみに、日本語の「箱」の語源は、ヘブル語のarkの頭に定冠詞を付けた「ハーク(hark)」にあるという説がある。
たしかに発音と意味が一致しているが、どうだろうか。
日本語の箱の語源を調べなければならない。

神輿を担ぐ時の掛け声

神輿の代表的な担ぎ方としては、「わっしょい、わっしょい」と、並足で揺らさない平担ぎが全国的に多いという。
東京都内では「えっさ、えっさ」と掛け声をかける江戸前担ぎがある。
エリ・コーヘン氏によると、エッサはヘブル語で「運ぶ」を意味する「エッサ」から来ているのではないかという。
Essaはエサウの名前の変形でもあり、「神は救い」という意味がある。
エサウ旧約聖書の登場人物で、その父はイサクだ。


このような単語の比較は、難しい面がある。
たとえば、古代イスラエルで契約の箱を運ぶ時に「エッサ」と掛け声をかけていたと旧約聖書にでも書かれていたとしたら、これは大いに信憑性があるだろう。
また、日本とイスラエルの中間地点で、同じような言葉がないかどうか。
そのように、さまざまな角度から調べて、慎重に検討する必要がある。
たんなる言葉のお遊びで終わってしまわないためには。

YouTube動画「神輿と契約の箱」

先に書いたように、今日YouTubeで、「神輿と契約の箱」と題した動画を投稿しました。
ここに書いた記事の要約的内容で、一部はここに書いていないこともあります。
下に貼りつけておきます。
神輿とアークに関係する面白そうな情報があれば、教えてくださいね。


◎The Ark of Covenant and Mikoshi 神輿と契約の箱(アーク)


相変わらず長いですね。私が書く記事は。
この連載を何回かやったら、1冊の本になったりして。
まあ、いずれはそうするつもりだけど。
ただし、たんにブログ記事をまとめるだけではありません。
今までこの分野を探求してきて、いろいろと新たな発見をしています。
そういうものは、いずれ本などとしてまとめるつもりで、まだ未発表なのです。


今日は、昨日編集したYouTubeビデオの再編集と、この記事の執筆と、そして探求三昧英語版でも、このテーマで記事を書いた。
特に英語でブログを書くと、ヘトヘトに疲れる。
それだけ英語力が足りないということだろう。
【参考サイト】


日本とユダヤ/魂の隠された絆―日本人の霊力を呼び覚ますユダヤ人の叡智!

日本とユダヤ/魂の隠された絆―日本人の霊力を呼び覚ますユダヤ人の叡智!

聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史―失われた10部族の謎 (Natura‐eye Mysteria)

聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史―失われた10部族の謎 (Natura‐eye Mysteria)

驚くほど似ている日本人とユダヤ人 (中経の文庫 え 1-1)

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インディ・ジョーンズ レイダース 失われたアーク《聖櫃》 [DVD]

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Indiana Jones - Prop Replica: Ark Of The Covenant (Raiders Of The Lost Ark)

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