探求三昧 - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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探求三昧 by 百瀬直也




【災害】阪神・淡路大震災から25周年~大地震で犠牲になる人と助かる人の分かれ道は?


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【題名:深江本町阪神高速倒壊現場、作者:神戸市(CCライセンス 表示2.1 日本)】
※サイズやテキスト付加などを百瀬が改変。

今日1月17日で、阪神・淡路大震災から25周年となるが、地震発生直後に亡くなった人々の原因を調べると意外なことが見えてきた。
今後の首都直下地震などの大地震発生時に防災観点から役立つ重要な情報なので、詳細に紹介することにしたい。


 

6434人の犠牲者が出た

25年前の今日、1995年1月17日。
阪神・淡路大震災が発生し、6434人の犠牲者が出た。

私はSEの仕事でインドネシアへ行っていて、日本にいなかったが、大変なことになっていたと思っていた。

今日、神戸市の追悼式の様子を伝える19時のNHKニュースで、7歳の長男と5歳の長女を震災で亡くした男性が登場した。
ちょうど、うちの龍矢と愛弥美と同じ歳だった。

もし自分の家でそれが起きていたらと、他人事ではないものを感じた。

首都直下地震が起きたら、犠牲者はこの何倍にもなるんだろうなと思いながら見ていた。

犠牲者の割合

この時に亡くなった原因の割合では、下記のグラフのように窒息・圧しが72.57%と、大半だった。
※ブログ運営上の事情があって「し」の漢字の使用は避けている。

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5時46分という早朝だったため、就寝中の人が多かったこともある。

NHKスペシャル『震度7 何が生死を分けたのか〜埋もれたデータ21年目の真実〜』では、地震発生の1時間以内に亡くなった人は3842人だったという。
そして、亡くなった時刻をまとめると、最も多かったのが「5時46分」、つまり地震発生の瞬間だった。

このことは、地震発生時に自宅が全壊したことによって、多くの命が奪われたことになる。

「窒息し」が異常に多かった

また、1時間以内に亡くなった人の原因は、「圧迫し」で、全体の9割を占める。
ただし、これは大分類であり、小分類としては「圧し」と「窒息し」がある。

実際には、1時間以内の「圧迫し」のうち、61%を占めたのが「窒息し」だった。
この場合、「圧迫し」とは異なり、地震発生後にある程度の時間は生存していた可能性があることを意味する。

窒息が原因で亡くなった人が最も多い地域は、 神戸市の東部、古くからの住宅街・神戸市東灘区だった。
この地域では、神戸市で建物被害が最も多く、全壊1万3687件、半壊5538件だった。

この地域では、地震発生直後に、倒壊した家屋の下から、うめき声を聞いた人が多かった。

がれきの下から「助けてー」と叫ぶ親の声を聞いた人もいた。


 

なぜ「窒息し」?

では、なぜ「窒息し」なのだろうか?

寝ている時に、大地震で家屋が倒壊し、天井や壁や家具が覆いかぶさってきて、胸や腹などを圧迫されれば、呼吸ができなくなる。
そういうことなのだろうか。

いずれにしても、丈夫な家に住むことが、命の分かれ目となることも少なくないようだ。

こういうことを書いている私の家も、かなり築年数が経った木造2階建ての借家だ。
たとえば立川断層が動いたら、倒壊して2階が1階を押しつぶすかもしれない。
そうなる前に、なんとか一生懸命働いて、他のもっと安全な家に引っ越さなければならない。

ここ小平市は、大地震発生時の安全性は高く、軟弱地盤、浸水、津波などの心配はない。
だが、肝心の住む家自体が問題があるのだ。

「西日本では大地震は起きない」の誤解

25年前には、「西日本では大地震は起きない」と思い込んでいた人々が多かった。
だが、その後に阪神・淡路大震災だけでなく、熊本地震(2016年)、大阪府北部地震(2018年)と、西日本で大きな被害地震が続いた。

そして、今後には南海トラフ巨大地震という致命的な一撃が待ち受けている。

上で私が書いたような自宅のことを、西日本だけではないが、日本中どこの人でも考えておくと良いでしょう。

過去の西日本の大地震

参考までに、過去1000年くらいの間に西日本(本土・四国・九州)で起きた被害地震のうち、犠牲者がおよそ100人以上出たケースを並べておく。

1026年06月10日:万寿地震、M7.5~7.8、犠牲者1,000人以上
1096年12月11日:永長地震(南海トラフ全域)、M8~8.5、犠牲者1万人以上。
1185年08月06日:文治地震、M7.4、犠牲者多数。
1361年07月26日:正平・康安地震(南海トラフ)、M8.2、犠牲者多数。
1449年05月04日:山城・大和地震、M5.7~6.5、犠牲者多数。
1498年09月11日:明応地震(東海道沖)、M8.2~8.4、犠牲者3万~4万人以上。
1502年01月18日:越後地震、M6.5~7.0、犠牲者多数。
1510年09月11日:摂津・河内地震、M6.5~7.0、犠牲者多数。
1586年01月18日:天正地震(東海東山道地震)、M7.8~8.1、犠牲者多数。
1596年09月04日:慶長豊後地震、M7.0~7.8、犠牲者710人。
1596年09月05日:慶長伏見地震、M7.5、犠牲者1,000人以上。
1605年02月03日:慶長地震(南海トラフ津)、M7.9、犠牲者1万~2万人
1640年11月23日:加賀大聖寺地震、M6.2、犠牲者多数。
1662年06月16日:寛文近江・若狭地震、M7~7.6、犠牲者数千人。
1707年10月28日:宝永地震(南海トラフ全域)、M8.4~8.6、犠牲者4,900~2万人以上。1799年06月29日:金沢地震、M6.0~M6.7、犠牲者640人。
1819年08月02日:文政近江地震、M7.2、伊勢・美濃・近江、犠牲者多数。
1854年07月09日:伊賀上野地震、M7.2、犠牲者約1,800人。
1854年12月23日:安政東海地震(東海道沖)、M8.4、犠牲者2,000~3,000人。
1854年12月24日:安政南海地震(南海道沖)、M8.4、犠牲者1,000~3,000人。
1858年04月09日:飛越地震、M7.0~7.1、犠牲者数百人。
1872年03月14日:浜田地震、M7.1、犠牲者552人。
1891年10月28日:濃尾地震、M8.0、、犠牲者・行方不明者7,273人。
1925年05月23日:北但馬地震、M6.8、犠牲者428人。
1927年03月07日:北丹後地震、M7.3、犠牲者2,925人。
1944年12月07日:昭和東南海地震、M7.9、犠牲者・行方不明者1,223人。
1946年12月21日:昭和南海地震、M8.0、犠牲者・行方不明者1,443人。
1995年01月17日:兵庫県南部地震、M7.3、犠牲者・行方不明者6,437人。
2016年04月16日:熊本地震の本震、M7.3、犠牲者273人


東日本に比べると頻度は少ないが、大きいのが来る時にはまとめて来ることもあり、呑気に構えていると大変なことになる。
25年前の地震の被害などを教訓として、子々孫々に語り継いで忘れないようにしてもらいたいものだ。

「生き残るために、阪神・淡路大震災から何を学ぶか?」

5年前、2015年の阪神・淡路大震災20周年の時に、このブログで「生き残るために、阪神・淡路大震災から何を学ぶか?」と題した連載記事を書いた。
ここでは、神戸地震の被災地の様子を示す写真も多く載せていて、それらを眺めるだけでも思うところは大きいだろう。

タイトルを眺めただけでも、自分で言うのも変だけど、重要なことを多く書いている。
地盤の良しあしや住宅の耐震性など、地震発生時のサバイバルに関わることを。

時間が許す方は、興味ある記事タイトルのものだけでも、読んでみてください。

◎生き残るために、阪神・淡路大震災から何を学ぶか?
(1)神戸市がネットで公開した写真

(2)住宅の強度が重要

(3)防災のために備えるもの

【TOCANA】地名から地盤の良し悪しを探る

(5)大震災の状況と前兆現象


この頃はまだ、派遣の仕事をしていたのかな。
首都直下地震が起きる前に、東日本の人間も阪神・淡路大震災から学ぶことは多いだろう。

※今日はたぶん、懲りずにもう1本、4本目行きます。

前兆証言1519!―阪神淡路大震災1995年1月17日午前5時46分

前兆証言1519!―阪神淡路大震災1995年1月17日午前5時46分

  • 作者:弘原海 清
  • 出版社/メーカー: 東京出版
  • 発売日: 1995/09
  • メディア: 大型本

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